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???パリからフランスを縦断して南仏に向かう、フェルディナンとマリアンヌ。マリアンヌは彼をピエロと呼び、彼は「違う、フェルディナンだ」と答える。パリを去るのは日常の悪夢から脱出するため。だが、南仏に何があるのだろうか? 冒険活劇漫画『ピエ・ニクレ』を携え、愛と永遠を求めてさすらう2人。だが、青春は常にアナーキーで、暴力的で、犯罪に彩られていた。2人のささやきはランボーの詩。「見つかった」「何が?」「永遠が」…。
かつてシュールリアリズムの詩人のルイ・アラゴンは、この映画を観て、これは「映画のコラージュである」と評した。この映画については、もはや語りつくされた感があるけれど、このコメントがもっとも的確で核心をついている。
私の乏しい映画人生の中で無人島へもっていきたい一本。
この映画を初めて見たのは中学生くらいの頃でして、余りにもシュールレアリスティックなラストシーンには大爆笑。
この作品にはじめて出会ったのは私が20歳で今はなき池袋文芸座のオールナイトの「ヌーヴェルヴァーグ特集」でだった。1本目がトリュフォーの「大人は判ってくれない」で最後がこの「気狂いピエロ」だった。この映画を見終わって映画館をでると外は朝日がさし始めた5時少し前だった。映画の魔力と時間(オールナイト)の魔力が相乗効果を上げ凄まじいばかりの衝撃をうけたものである。1984年のことだった。この映画に出会うまで僕にとっての最高の映画はその1年前にみたフェリーニの「甘い生活」だったが、この日からは「気狂いピエロ」がベストである。学生時代だけで映画館で20回はみた映画である。この映画の影響でランボーの詩集を読み、ベルモンドが持ち歩くフランスのマンガ本「ピエニクレ」を探して洋書屋を歩き回り、この映画に特別出演するサミュエル・フラー監督の映画を見る努力もした。憑き物にとりつかれたようにこの映画にはまったものである。この映画のジャストタイムに出会ったわけではないものの、自分が20歳という年齢でこの映画に出会えたことはたいへんな幸運であった。12歳のとき見たTVの「宇宙戦艦ヤマト」、14歳のときに聴いたB・スプリングスティーンの「明日なき暴走」以上に僕にとっては決定的な出会いだった。40過ぎてまでこの映画をほめると言うのも書生じみた感じだが、今住む家のリビングの白いソファに置いてある3つのクッションは原色の赤とイエローとブルーだが、この映画の色使いに対する憧れがいまだに尾をひいているせいである。僕にとって天才のイメージは「天才と気狂いは紙一重」の天才である。ゴダールはそのイメージにぴったりの天才であり「気狂いピエロ」は天才の作品の中でも最も天才らしい作品である。
この映画を観るまで起承転結のアメリカ映画しか観てなかった自分にとって、「気狂いピエロ」は今までの考え方を全否定された。
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このページの情報は 2006年10月10日2時33分 時点のものです。 |






